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福知山地域密着型の学習空間LEARNING STATION 福知山ゼミグループの代表 岩城四知のブログ。学習塾塾長業の他にプロダクトデザインなども手がけるモノコトクリエイター
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カテゴリ:塾長物語「志ある者・・・」( 15 )


塾長物語 エピソード10 最終話 認められた日

私の中で

何かがはじけた


自分で勝手に描いていた教師像で

教えなければならないという呪縛に

自分自身ががんじがらめになっていた

その呪縛も

いつのまにか自分で勝手に作ってしまっていたものだった

しかも、その教師像は

人から見て表向きだけ先生らしく見える教師・・・

わざわざ寺尾先生にまで来てもらったのは

寺尾先生が、そんな型にはまった教師でなく

子どもをの心に火をつけることができる人であったから

弟子入りしたくなったはずなのに・・・

H君との授業のおかげで吹っ切れた

あくる日の授業前、私は寺尾先生に申し出た

先生、今日の小学生の授業

僕にやらせてください

先生はうれしそうに頷いて

そうか!やってみるか!


子どもたちがやってきて

各自気に入った席についていく

福知山ゼミの座席のレイアウトはロの字型で

子どもたちが中心を向くように配置されている

先生はロの字の中に入り

個人別にしどうしていく

子どもたち7人全員が席についたとき

私が何も言わずに中央の椅子に腰かけた

授業開始3分

前日に引き続き来ていたH君が

「先生、丸つけてください!」

「おお!H君、昨日に引き続いて絶好調だねー」

続いて

小6のM君

「先生、ここの暗唱聞いてください!」

「うんM君、しっかりと言えたね」

小4のIさん

「先生ー!ここわからへん教えてー」

「K君頑張ってるねー♪丸つけようか?」

「ううん、ここまでやってからつけて欲しい」

何も自己紹介もしていないのに

H君を口火に

小学生全員がほとんど何も教えていない僕のことを

「先生!先生!」と言って

良い所を見せようと張り切って勉強してくれた

この日を境に塾講師としての修行が本格化していくことになり

様々なドラマが生まれることになった

塾長物語「志ある者・・・」はここで一旦区切りをつかせていただきたいと思います。

続編はまたの機会で書けたら良いなぁと思っています。

このシリーズを読んでいただいた皆様ありがとうございました。

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by zemiiwaki | 2008-04-03 14:45 | 塾長物語「志ある者・・・」

塾長物語 エピソード9 運命の日

週3回で授業を行っていた頃

私にとっての試練の日がやってきた

後から書く内容で

そんな大げさな・・・

と思われる方も多いだろうが、私にとっては運命の日となった

水曜日は授業の無い日で

寺尾先生も不在だった

ところが

いつも火曜日に通ってきていた小5のH君が突然やってきた

どうしたのか尋ねてみると

昨日休んだ分の振り替えに今日来たというのである

この頃、私がH君に対して抱いていた印象は

あいさつをしても無視をするし

つかみどころのない小学生だった

しかし、このことを寺尾先生に伝えると

彼はメチャメチャ、シャイなんだよ

と言っておられた

そう言われも、何か釈然としない・・・そんな気分であった

振替授業をしたいと言って塾へやってきたH君の顔を見ていると

寺尾先生が言っておられた

「彼はシャイなんだよ」という言葉が頭をかすめた

今日、寺尾先生いないけれど僕とやってみる?

そう、尋ねると彼は

ニッコリしてうなずいた

頼るものは何もない

初めて一人でやる授業・・・・

内心、うまくやれるかどうか

僕の授業が不評でやめてしまうことになったらどうしよう・・・

そんな不安も持ちながら

H君がいつもやっているテラヲ式のプリントを見せてもらった

整数編A3(小3~小6内容が混ざっているもの)の途中であった

なにか彼に言わなければ・・・

そんな気持ちで彼がやったプリントを確認していった

Hくん、君、何年生だっけ?

5年です

凄いねー 6年生のことまで出来てるやん!

彼はまたニッコリとほほ笑んだ

僕の小5の頃とは大違いだね

H君には

小5だったころの僕は足元にも及ばないよ 

うらやましいなぁ

また照れながらほほ笑んでくれた

じゃぁ、つづきのプリントをやってみようか!

そうしてH君はプリントをはじめた

テラヲ式算数特有の定義暗誦コーナーがきたとき

先生!聞いてください!

自分がH君に「僕が先生です」と一度も言っていないのに

彼が躊躇せずに私のことを先生と呼んだことに驚いた

そして私は

はい、聞かせてください

と彼のプリントを受け取って彼の暗唱を聞いた

ミスなく言えたことを確認し

こんな長い文章よく覚えられるねー と

“君の能力がうらやましいなぁ”というふうに称賛した

そうこうしながらの授業はあっという間に終わった

間違いなくH君のおかげで私は

指導者への第1歩を踏み出すことができた

H君とやりとりする中で

自分がいかに彼の良いところが

見えていなかったのか  ということを痛感し

寺尾先生の子どもに対する観察眼の鋭さに敬服した

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by zemiiwaki | 2008-04-02 15:28 | 塾長物語「志ある者・・・」

塾長物語 エピソード8 躊躇

2000年9月

寺尾先生のおかげで週1回の教室がスタートした

生徒も少し増え教室も週3回行うようになっていた

この頃私は

中学生への指導はコミュニケーションもとりやすかったので

積極的に現場に入ろうとしていたが

子どもたちに<オレが先生だぞ!>というオーラはゼロでとうしていた

それは

100%自信がなかったから・・・

勉強の手伝いはするけれど

指導面においては見習いだという意識でやっていた

ベテランの寺尾先生のアシスタント的存在で中学生の時間は十分成り立った

寺尾先生に直接質問しずらいときは僕にしてくれることもあり

自分も勉強しながら役に立てていると思えた


個人的に難しかったのは小学生だった

小学生は私のことを

この人は何なんだろう?

先生?

それにしては、いつも遠巻きから見ているし・・・

なんかようわからん人

そんな存在だったと思う

それを証拠に

小学生たちは私が「こんにちは」と言っても言い返してくれないことが多かった

ちょっと、不審者状態?(泣)

そんな状態で いまいち小学生の時間は

私が時間をもてあましていた

ある日、運命の日がやってきた

(つづく)

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by zemiiwaki | 2008-04-02 01:37 | 塾長物語「志ある者・・・」

塾長物語 エピソード7 前代未聞の弟子入り(2)

この電話をしたとき

私は

自分で教室を開いて指導することになるとは思っていなかった

ただ、

寺尾先生の教材と指導法をもっと知りたいという気持ちがあった

塾教材の販売代理店としての成長に

あまり光を見出せていなかったからか

手に職のようなものを

つけたいという思いもあった


電話で寺尾先生に迫った

先生、先生の言われることが本当かどうか

僕の目の前で見せてもらうわけにはいきませんか?

さらに、

先生の指導法で

ど素人の僕が立派に伸ばすことができれば

これは全国へ広めるときのお手本になれると思いますよ!



それは面白いね

けれど、塾というのはいったんはじめて

生徒たちが来てくれると、簡単にやめるわけにはいかないよ

私は少しの間、福知山で教えるのはいいけれど

ずっと、そこにいるつもりは無い

あとの面倒は誰が見る?


返事は用意していたわけでは無かったが

咄嗟に

僕がやります!!

そう答えてしまっていた・・・


本来なら弟子入りする者が

師の方へ出向くのが当然

しかし

先生はこの無茶な提案をアッサリとOKして下さった

そして週1回だけ行われる教室がスタートすることとなった

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by zemiiwaki | 2008-04-02 01:05 | 塾長物語「志ある者・・・」

塾長物語 エピソード7 前代未聞の弟子入り

9年前

学習支援サイト Mathpicを制作する段階で

自分自身が子どもの可能性に

もっと身近なところで関わってみたい

そんな意識が芽生えだしていた


自分に寺尾先生のように

子どもの能力を引き出し

飛躍的に伸ばす指導スキルがあればいいのに・・・


ふと、考えた

寺尾先生は前から自分の指導法や教材を

全国に広めたいと言っておられる・・・

この頃は

塾教材販売店の営業マンという立場からも

寺尾先生の志の力になれればという気持ちもあったことは確かだった



全国に広まるためには

その指導法や教材が

誰にでも扱えるものでなくては広まることは困難・・・・


そのことを寺尾先生にぶつけてみた

すると

子どものことが好きで伸ばしたいという気持ちがある人であれば

どんな人でも子どもを伸ばせる教材と指導法をという思いで

作っているつもりだし、終わりなき改定をしていくつもりだ

というふうに言われた

私は

本当に誰にでもですか?

学歴のない僕にでもですか?

としつこくせまった

君なら絶対大丈夫だよ!

その言葉を聞いて、どんどんその気になっていった


しかし、高卒の私にとって自信などすぐに萎えていく・・・


寺尾先生に電話した

先生、この前

先生の教材でなら僕にでも立派に子どもたちを伸ばすことが出来ると

おっしゃいましたよね?


(つづく)

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by zemiiwaki | 2008-04-02 00:23 | 塾長物語「志ある者・・・」

塾長物語 エピソード6 魅力ある会社づくり(2)

会社の魅力を何かつくりたいと思いながら仕事を続けていた

他者の真似出来ないことを探していた

この間

沢山の本を読んだり

いろいろな人と出会う中で私の頭の中に

ある人のことが思い浮かんだ

その人は「算数の発見」「テラヲ式算数」の制作者

寺尾友豪氏である

後に私が塾の教師となる上でも

欠かすことの出来なかった人物

氏は志のある方で

自分の暮らしさえ成立っていれば

何十年かかけて構築した教材や指導ノウハウを

日本の基礎学力向上のために提供したい

と、よく言っておられた

そういう大志を持った人から何か助言をいただけたら・・・・

という一心で連絡をとった

そして、もうひとつ

寺尾先生というは人を現時点の状況で見る方ではなく

人の可能性を見て話をする人物であったから

相談したかったのだと思う


私の思いを告げると

ありがたいことに寺尾先生は真剣に考えてくださった

そのために何度も時間をとっていただいたし

週に四日は長距離・長時間の電話で話し込んだ

このときの寺尾先生の電話代は

相当に高くついていたと思う


本当は会社の魅力づくりで相談したはずが

次第に、日本の基礎学力を上げるために何ができるかという話題へと発展していった

勉強に失敗した自分が

日本の基礎学力を上げるために何かをする・・・



魅力ある会社の前に

自分自身が魅力ある人間になりたいという気持ちが湧き起こった

世間はIT革命の最中

パソコン・インターネットの技術革新のお陰で可能性が膨らんだ

そして寺尾先生の原稿をもとに

一年をかけて3000ページにおよぶ数学学習サイト

「mathpicよく見える中学数学」を私と兄で完成させた

アクセスも順調に伸びていった

週間ページビュー10000超えるときもあった

サイトを訪れてくれた幾つかの

教育委員会

沢山の学校の先生・現役の中学生・保護者の方から

感謝とエールの声をいただいた


嬉しかった・・・


制作過程において

子どもの目線での学習を考えていく中で

私は学習指導への関心が高まっていった

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by zemiiwaki | 2008-03-25 01:12 | 塾長物語「志ある者・・・」

塾長物語 エピソード6 魅力ある会社づくり(1)

ご多分に漏れず、

ほとんどの営業マンが受けるであろう

ある種の洗礼から始まった営業人生だったが

経験とともに強くなっていった。

仕事振りも5年も経つと変化が現れてきた。

経営に関しても少し考えられるようになっていた。

塾へ教材を販売する会社から、

もっと魅力のある会社への変貌を求めて

がむしゃらに這いずり回っていた。

読書も

宮本武蔵の「五輪書」からはじまり経営書なども年間100冊近く読んだ。

そして、

教材販売の立場であるにもかかわらず、

先生向けの教育セミナーや研修会にも精力的に参加した。

その数あった研修会の中でも印象的だったのは学林舎主催の研修会だった。

北岡輝紀代表が塾の先生方へ繰り返し問いかけていたこと、

それは


「先生の教室の魅力は何ですか?」


その言葉を自分自身にも問いかけた


「あなたの会社の魅力はなんですか?」



自分はこの会社をどうしたいのだろう・・・

営業で訪問する塾の先生に片っ端から同じ質問を問いかけさせてもらった

「先生の教室の魅力ってなんですか?」

この期間に

数多くの先生方に出会い、そしていろいろな話を聞かせてもらった

次第に

○○出版の岩城さんでなく、

岩城さんのいる○○出版と言われるようになりたい

という気持ちが沸き起こってきた・・・つづく

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by zemiiwaki | 2008-01-09 10:39 | 塾長物語「志ある者・・・」

塾長物語 エピソード5 営業デビュー(3)

営業を経験された方で

対人恐怖症的な状態になったことがある

そんな人は少なくないのでは?

19歳の新人営業マン岩城くんもその一人

一般の方で塾への営業というものが想像しにくいと思いますが

ほんっとうに、いろいろな塾がありました

アポイントを取っていく場合は、いやな思いをすることはまずなかったが

飛び込みの営業は大変だった

確かに約束もせず、突然訪問するので迷惑になることは多々ある

その中でも断り方の上手いところと

ここってホントに塾!?と看板を見直さないといけない所もあった

中でも思い出深いのは

豊中と姫路のある塾

豊中でのある雨の日

私:こんにちは、お忙しいところ恐れ入りますOO出版と申します
  今日は夏期講習用の資料をお持ちしました。

不機嫌そうな先生らしき人が出てこられた

そして、名刺と資料を渡した瞬間 想像もしないことが起こった
不機嫌そうな先生らしき男は突然

資料を玄関先に放り投げ、無言でドアを閉めた

私:・・・・絶句
  な、なんで?

しかも、資料は雨でぐしゃぐしゃ

何がそんなに気に入らなかったのかは疑問が残った

授業中ということもなく物凄く邪魔になったということは考えにくかった

いや、しかし授業前に生徒のために

スーパープリントをつくっておられたのかもしれない・・・

しかし、そんな生徒思いの人がとる行動とはあまりにギャップが・・・

こんな日は相当に落ち込んだし、気分もわるかった

もうひとつ思い出深いのが姫路事件

白い建物の住居兼教室の塾

呼び鈴 ピンポーン
       私: こんにちは○○出版です

塾主と思われる男がヌッと顔を出し、私をぐっと睨みつけ

塾主と思われる男: はぁ? いま忙しいんじゃ(怒)来るな!

なにが気に入らなかったのかは不明だが
あの仁王の様な容貌で怒鳴りつけられたのにも驚かされた
しかも、姫路に営業に来て初日にここだったため
かなり新人営業マン岩城君は相当なダメージをくらった
その日のその後の営業は、ノックをして塾が不在だとホッとしている自分がいた
これが対人恐怖症か・・・と思った瞬間だった

つづく

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by zemiiwaki | 2007-12-18 15:34 | 塾長物語「志ある者・・・」

塾長物語 エピソード5 営業デビュー(2)

新人営業マンを育てる場合

1.力のある営業マンが担当していたエリアを引き継ぐ

2.まったくの新規開拓をさせる

父の会社は

基本的には前者であった

しかし、根拠なく自信があった私は新規開拓を志願した

そして父はその申し出を「やってみろ」とあっさり受け入れてくれた

新規開拓の動機は今にして思えば

顧客回りだけで満足している先輩営業マンについてのアンチテーゼがあったかもしれない

若さゆえ・・・

2ヶ月間ほど先輩営業マンの後をついて形ばかりの修行を済ませ

いよいよの営業デビューである

そんな鼻息だけが荒い無知な若者には当然

やってみて初めてわかることが押し寄せてくる

いわゆる営業ならではの洗礼をうけることになるのである・・・

つづく

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by zemiiwaki | 2007-12-10 21:58 | 塾長物語「志ある者・・・」

塾長物語 エピソード5 営業デビュー(1)

教材の出荷で大忙しの3月も終わり

4月中盤からは追加注文の配達などに追われた

先輩営業マン(当時40歳)についていき配達を手伝った

そうやって直接お客さんと触れ合っているうちに

浪人して再度受験しようとい気持ちはうすれていった

先輩営業マンと先生とが親しく話している様子を見ているうちに

自分の中で、なにかウズウズした感じが生まれていた


私の初営業は小学3年生にさかのぼる

家は子どもに小遣いを与える家ではなかった

そしていつも決まって、おやつがあることもなかった

それ自体は、どうということはないが

近くの商店へ行くとお菓子コーナーには

子どもにとって、とても魅力的なお菓子が並んでいた

私たちにとってジャイアントコーンなどは高級で手が出せるものではなかった(笑)

アイスにしても30円が主流で100円の「宝石箱」というカップのアイスは憧れの存在

ああ・・・あの100円のアイスを食べてみたい・・・という

それぐらいのハングリー精神!?はあったようである

私の育った地域は福知山の中でも田舎で

本当に自然に恵まれたところだった

昔よく釣りに行った魚影の濃い小川も

今では様変わりしてしまっているのは残念でならない

そう思うと少しおセンチになってしまうのだが・・・

話を戻す

そのプチハングリー坊やはその大自然の中で何を考えたかというと

小川の淵にはたくさんの蕗が生えていた

蕗には山ぶきと水ぶきがあり、山ぶきのほうが人気があった

山ぶきも水ぶきもたくさん採って近所を行商したのである


  9歳の私: こんにちは~

近所の婦人: はい はい 何?

  9歳の私: あのー・・・ふき買ってもらえませんか?

近所の婦人: どれ 見せてみ
         あー水ぶきはいらんわ 山ぶきはいくらや?

  9歳の私: 水ふきは一束50円 山ぶきは100円
         山ぶき買うてくれたら、水ぶき20円で、ええで

近所の婦人: あんた、ちゃっかりしとるな
         ほんなら、山ぶき2束水ぶき1束もらうわ


半ば押し売り状態だったが、
わりと快く買ってくれる人がいた
後でわかったのだが、
買ってくれた人たちはどうも、子ども会の活動と勘違いをしていたらしかった。

売上金は1800円

アイス30円の時代である

100円の憧れの宝石箱というカップアイスも余裕で買える

しかし、そこが貧乏性で

当たり付きの30円のアイス、その名も<当たりバー>に走ってしまうのである

下の方からとると、当たりやすいという根拠のない都市伝説、いや田舎伝説があり

手を冷凍庫の奥へ突っ込んで出来るだけ下から取って選んだ

そんなささやかな旨味をしめた経験のせいか

自分も営業に出てみたいという気になったのかもしれない

つづく

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by zemiiwaki | 2007-12-07 00:53 | 塾長物語「志ある者・・・」